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どうも、ねんごたれです。

ぼくはひきこもり始めて、約4年になりますがいったいどうしてこんなふうになってしまったのか改めて考えてみようと思う。

ほったらかしにされない。

何かにつけて、親がわざわざ確認しに来る。まずは、勉強をしているかに始まって、部屋を掃除してるかとか、最近は無くなりましたが寝てるのか起きてるのか。ちょっと気にしすぎじゃない?まあ、「教師になるので勉強する。」というのを理由にひきこもっているわけだから、毎回「勉強せい。」と言われるのは仕方がない。

ただ、「家から出てはダメ。友達と遊びに行くのもダメ。あらゆる時間を勉強についやせ。」というのはやりすぎではないかと思う。一種の軟禁じゃないかと。たしかに、何かを成し遂げるのであればそうしなくてはダメだろう。でもそれは、「何が何でも教師になる」という目的があればの話。「教師になる。」というのは「ただの言い訳」なので、そこまで熱意があるのではない、というよりも向いてないなと思うようになった。そこはまた別の記事で書くことにする。

もしかしたら、こんな親を「なんて、立派な親なんだ。」と思われる人もいるかもしれません。そうやって、「一つのことに集中しろ」っていうんですから当然、「ぼくは、あらゆることをやってもらっている。」ように見えるでしょう。ところがそうでない。

実は「一つのことに集中できる環境を整えてくれる。」わけではないんです。「家にいるんだから。」という理由で、畑を耕したり、垣根や草を刈ったり、祖母の用事を手伝ったり、洗濯を取り込んだり、ご飯を作ったり、掃除をしたりとやることがたくさんある。一つのことに集中できるわけがない。そりゃ、毎日これだけのことをやってるわけではないんだが、何かにつけて手伝わされる。

さらに、別に手伝わなくてもいいような用事でも呼べばすぐに駆け付けなければならない。「ゼリーあるけど食べるー。」とかほんまどうでもいい。食べたけりゃ勝手に食べるし。それでも駆け付けなければならない。なにか、理想の子どもというのを求めているように感じる。

これでは続けて長い時間をかけるようなことなんてできない。まあ、ほんまにできないってことはないですが、途中で止められるとイライラするでしょう。調子が上がってきたときに限って打ち切られるわけですから。イライラしないように、何事もすぐに打ち切っても大丈夫なぐらいほどほどにするのは、当然の流れじゃないでしょうか。そこで、文句を垂れると親の機嫌が悪くなるし。「もうご飯作らない。」とかいいだす。なんなんだ、ほんまに。親がライフラインを盾にするのは冗談でもやっちゃダメ。でも、権力的には親が上ですから、こちらが下がらなくてはならない。だから、だんだん感情をださなくなっていく。一言も文句を言わず、従順であることが求められる。けれど、そうなるように仕向けておいて、「愛想がない。」とか文句をいうのはおかしいとは思いませんか。

勉強が遊ぶことだ。←聞こえはいいが、きつい。

そりゃあ、軟禁みたいといっても鍵がしまっているわけではないので、出ようと思えば出れる。閉じ込めるとかめんどくさいことはしない。でも、小さいころから「遊ぶよりも勉強、勉強」と言われて育ってくると、それが積み重さなって、いつの間にか「別に遊びにいかなくてもいいか。特に楽しいってこともないし。」というような思考になってくる。たまに遊びに行ったら、「勉強は?」と怒られるからなおさらだ。友達と遊びに行くのは宿題をしてから、あるいは、友達と一緒に宿題をする。だんだん宿題を一緒にするのが、遊ぶことになっていった。それはそれでいいかもしれませんが、一緒に勉強しない人は友達じゃなくなる。子どもって一緒に遊べないなら、排除しようとするもんだ。友達か絶交か。100か0でしか物事を判断しない。

それで、中学生くらいからは、表向きは勉強勉強の毎日。周りからはそう見えたことだろう。でも、友達と普通に遊べない分、隠れてパソコンでゲームをやっていた。面白かったのもあるし、話題に入れないことは、いじめの対象にもなりかねなかった。当時はハンゲームが流行っていて、オンラインで友達と遊ぶことができた。ビリヤードとチョコットランドは面白い。そうやって、なんとか親の目を盗んで話題についていっていた。それでも、土日は親が家にいるので遊べず、図書館で勉強しなければならなかった。当時、図書館では勉強する子どもように空き室を一つ貸し出してくれていて、エアコンも効くしで、家で勉強するよりも快適だった。家にいるとごちゃごちゃ言われるし、見に来るしで勉強にならなかったというのもある。ただその間、友達はその友達と一緒に遊ぶことができるわけですから、そのときの思い出などは共有できない。それはなかなか大変だったが、唯一の救いはそれでも友達のままでいてくれた子がいたことだった。本当にできた友達だなと思う。

成績がいいといじめの対象に。

まあ、そのおかげで、テストでは学年上位だった。そりゃあ、成績が落ちれば余計にできることが狭まるし、遊べなくなる。勉強ができないことは、自分の時間がなくなることと同義だった。まあでもいいことばかりじゃない。成績がいいのでいじめの対象になってしまうわけだ。妬みだろうが。

それで、ますますひきこもり体質になってしまったわけ。不登校にはなりませんでしたが、メンタルに地味にダメージが積み重なる。まあ、友達がそこそこ味方してくれたし、親が同じ学校で教師をしていたこともあり、そこまでひどいことはされなかった。

せいぜい、チャリのタイヤをパンクさせられたり、カッパやヘルメットやチャリのカギが隠されたり、制服のポケットにゴミを詰められていたりだ。中学生が隠しそうなところなんてすぐにわかるし、ゴミなんか捨てればいい。当時はお菓子とか持ち込み禁止で、ゴミ箱に捨ててあれば呼び出しをくらうので、ちょっと捨てるのにビビってました。(笑)そうやって対処していたら、ほとんど問題にならなかった。先生方にも気づかれてないと思う。親も知らないみたいだし。

そんなこともあって、高校に上がると勉強はそこそこにするようにした。自分の体が小さいこともあり、他の人と体格や腕力の差がでてきたのも大きい。危険は避けておきたいのです。それでも、成績が下がれば自由がなくなるので、うまい具合に頑張った。理数系が得意だったので授業を聞いていればそこそこできたのは救いだった。英語は完全にアウトだったが、なんとか赤点はとらなかった 。35点未満が赤点で35点だったときはビビったが。親に見せると「未知の領域やな。うちの子じゃない。」と言われたのは衝撃だった。勉強しなかったのが悪いとはいえ、「あー、そんなもんかな。」とだんだん親を信用しなくなっていきました。

【あとがき】まだまだ続きます。
あとがき2

思ったよりも長くなるのでひとまずここで止めておきます。まだまだ続きます。

つづき↓

ぼくがひきこもりになったわけを考えてみる【つづき】